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GAME68コンパイラ

40年昔にASCIIに載せてもらった「GAME68コンパイラ」のリストを乗せます。
掲載されたのは、1981年5月号です。
当時 30歳 6800のマイコンをいじり出した時ですね。
いまさら こんなリストをだしても動作させられるハードなんて無いと思いますが、まあ歴史の勉強と思って見てください。
ASCII誌をスキャナーで読み取ったのですけれど、うまく読めるでしょうか。
この前 すがわらさんにヒントもらって 1画面の容量を500kByte以下になるようにしました。
エキサイトブログでは1画面500kByteより大きいと圧縮されてしまうようなので。

今回 自分で作った ソフトを見直して 唖然としました。

「プログラムリストにコメントが一つも書いてない。」


メモリー容量が小さくての1Byteがとても貴重な頃でしたからメモリーを一生懸命節約したのでしょうね。

いままでの人生でこのコンパイラを作っていた半年が一番幸せでした。
仕事やお金儲けなどとは関係なく、ただ「楽しい、ワクワクする、」それだけでやってましたね。
そして完成して出版社に送ったあと、本になって出版されるまでの待ち遠しかったこと。
なぜ この時はこんなに楽しかったのでしょうか。
今思うに 「若さ」も大きいでしょうが、「すべて自分の自由にやれた。」と言う事でしょうか。
ふつう 仕事で物を作るときは、自分の意に沿わないことを仕方なくやるということも多いと思いますが、この時はそんなことありませんでした。
だれからの指示もなくまったく自由に好き勝手にできるなんてほとんどないですものね。



これからも、同じように自由に好き勝手なこと、やっていきたいです。

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以前ブログでこのコンパイラを作った経緯など書いてあったので、ここにコピーして見ます。
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「そのころ会社の電子工作大好き人間の先輩が ”面白いものがある”と言ってH68TR用のGAME言語のカセットテープをくれました。
これでGAME病に感染してしまいました。 ASCII誌を見ると6800オリジナルは大西さんが作りそれが6502(アップルⅡ)や8080に移植され さらにコンパイラも動いているということでした。6800用のコンパイラはまだ誰も作っていませんでした。
最初のGAMEコンパイラは8080用を中島聡さん(Win95,Win98の開発チーフをやった人)が高校生の時に作ったそうです。やはりすごい人は若いときからすごいのですね。(ということを今回調べていて知りました)

アッセンブラでのソフト作りにほとほと嫌気が差していた私は、”これは使える”と考えて6502と8080のコンパイラのソースを調べて6800用のコンパイラを作り始めました。 ROM化することを前提にしていたので掛け算などの基本演算ルーチンはインタープリタとは独立してリロケータブルな形で作りました。  外部メモリーはオーデオカセットを使いモニターには画面がチラチラする白黒テレビを使っていました。毎日会社から帰るとカセットテープからGAMEインタープリタと前日までに作ったコンパイラを20分位かけて読み込んで作業が始まりました。ソフトが暴走して壊れるとまた時間をかけて最初の読み込みからの繰り返しです。 こんなこと繰り返して完成までに半年程かかりました。 ASCIIの編集部にテープを送ったあと掲載してもらうまで、この時ほどワクワクしていたことは今でも有りません。 掲載されたASCII誌 今見たら 1981年5月号 定価500円となっていました。 ウワー 30年以上昔だ。

GAMEのカセットをくれた電子工作大好き人間の先輩をネットで検索したら、今でもアマチュア無線やブログなど現役バリバリでやってました。もう70歳は、はるかに超えたはずなのに 見習わなくちゃ。  この人 CQ誌やトラ技によく投稿してました。

肝心の"H68TR"ですが 30年もたったせいか最初は動作しなかったのですがコネクタやスイッチの接点など磨いたら動くようになりました。 まだ読み書きできないメモリもあるのですが おいおい整備していきます。

GAME68のコンパイラを作った以後ですがソフトの仕事は圧倒的に楽になりました。パソコン上のBASICでソフトを作る感覚でやってOKならばコンパイルして動作確認をしてそれをROMに焼けば終わり。 CPUボードはH68TRとメモリーマップを合せてあるのでそのまま動きました。 またGAMEは治具などちょっとした使い捨てソフトを作るのが楽でした。アッセンブラやリロケータ,逆アッセンブラなどみなこれで作って使いました。メモリーサイズが一番大きなものでは 板金用のNCコントローラを作りましたが、さすがこのときはONメモリーだけではコンパイルできなくてRAMデスクを作ってそこからソースを流し込むようにしました。 これなども自作したコンパイラだからすぐ対応できたのでしょうね。 また お遊びで頑張ってみちゃおうかな。

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道ばたに咲いていた小さな花。
花の直径 1cmくらいです。  いま 他に咲いている花はまったくないですね。


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いつもとちがう所で撮影した武尊山です。
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by telmic-gunma | 2019-03-18 19:58 | 昔のパソコン H68TR GAME言語他 | Comments(6)

H68TRとGAME言語

H68TR と GAME言語

土蔵の中を片付けていたら,以前夢中になってやっていたH68TRが出てきました
日立が出した6800CPUのトレーニングキットです.

左から  モニタ  ティアック デジタルカセットMT2  H68カードケージ

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H68TR CPUボード と フルキー電卓型コンソール

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左 メモリーボード     右 ビデオRAMボード

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ようやく8ビットのマイコンが世の中に出始めのころ、NECはインテル8080を使ったTK-80というトレーニングキットを出しました。
もちろん即買いましたよ。ところがこのTK-80の勉強を始めて1週間目ぐらいのとき ”我が社はモトローラの6800を使用する”という天の声が降りてきて”アチャー”となりました。 そんなこんなで6800を使って製品のモデルチェンジが始まりました。
世の中でよく言われている言葉で”必要な人や物は必要なときに合わせてやってくる”というのが在ったと思いますが このときもまさしくその通りで、東京国立にある日立中央研究所を定年?になったという方が顧問ということでやってきました。結局その人と一緒にというよりその人に"おんぶにだっこ状態"で半年かかって製品が完成しました。3ヶ月くらいでだいたい仕様を満足するものは完成したのですがハードでのROMの容量は4kByteしかないのに作ったソフトは7kByteの大きさになってしまいました。今の1チップCPUより小さなサイズですね。 そんなわけで ソフト作りの残りあとの3ヶ月は、ひたすらプログラムサイズを小さくすることをやってました。このときが一番勉強になった気がします。まだフロピーは無く紙テープの時代でした。

そのころ会社の電子工作大好き人間の先輩が ”面白いものがある”と言ってH68TR用のGAME言語のカセットテープをくれました。これでGAME病に感染してしまいました。 ASCII誌を見ると6800オリジナルは大西さんが作りそれが6502(アップルⅡ)や8080に移植され さらにコンパイラも動いているということでした。6800用のコンパイラはまだ誰も作っていませんでした。
最初のGAMEコンパイラは8080用を中島聡さん(Win95,Win98の開発チーフをやった人)が高校生の時に作ったそうです。やはりすごい人は若いときからすごいのですね。(ということを今回調べていて知りました)

アッセンブラでのソフト作りにほとほと嫌気が差していた私は、”これは使える”と考えて6502と8080のコンパイラのソースを調べて6800用のコンパイラを作り始めました。 ROM化することを前提にしていたので掛け算などの基本演算ルーチンはインタープリタとは独立してリロケータブルな形で作りました。  外部メモリーはオーデオカセットを使いモニターには画面がチラチラする白黒テレビを使っていました。毎日会社から帰るとカセットテープからGAMEインタープリタと前日までに作ったコンパイラを20分位かけて読み込んで作業が始まりました。ソフトが暴走して壊れるとまた時間をかけて最初の読み込みからの繰り返しです。 こんなこと繰り返して完成までに半年程かかりました。 ASCIIの編集部にテープを送ったあと掲載してもらうまで、この時ほどワクワクしていたことは今でも有りません。 掲載されたASCII誌 今見たら 1981年5月号 定価500円となっていました。 ウワー 30年以上昔だ。

GAMEのカセットをくれた電子工作大好き人間の先輩をネットで検索したら、今でもアマチュア無線やブログなど現役バリバリでやってました。もう70歳は、はるかに超えたはずなのに 見習わなくちゃ。  この人 CQ誌やトラ技によく投稿してました。

肝心の"H68TR"ですが 30年もたったせいか最初は動作しなかったのですがコネクタやスイッチの接点など磨いたら動くようになりました。 まだ読み書きできないメモリもあるのですが おいおい整備していきます。

GAME68のコンパイラを作った以後ですがソフトの仕事は圧倒的に楽になりました。パソコン上のBASICでソフトを作る感覚でやってOKならばコンパイルして動作確認をしてそれをROMに焼けば終わり。 CPUボードはH68TRとメモリーマップを合せてあるのでそのまま動きました。 またGAMEは治具などちょっとした使い捨てソフトを作るのが楽でした。アッセンブラやリロケータ,逆アッセンブラなどみなこれで作って使いました。メモリーサイズが一番大きなものでは 板金用のNCコントローラを作りましたが、さすがこのときはONメモリーだけではコンパイルできなくてRAMデスクを作ってそこからソースを流し込むようにしました。 これなども自作したコンパイラだからすぐ対応できたのでしょうね。 また お遊びで頑張ってみちゃおうかな。



by telmic-gunma | 2014-10-13 17:54 | 昔のパソコン H68TR GAME言語他 | Comments(2)